体に栄養を与えるように、心にも栄養を与えよう。たった一つの幸福の条件

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photo by Masahiro Ihara

体に栄養を与えるのは簡単です。

食事をすることです。

 

 

人間には体と同じように

重要な心というものがあります。

 

この心にも体と同じように

栄養を与えないと

人は病気になることがあります。

 

 

体は食事をとらないでもすぐには死にません。

また、すぐには病気にならないし、

人間には自然治癒力があります。

 

心にも食事にのような栄養は必要なのでしょうか?

心は死ぬことがあるのでしょうか?

心に栄養を与えるにはどうすればいいのでしょうか?

その前に、「心」とは一体になんなのでしょう?

アリストテレス 心とは何か (講談社学術文庫)

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心は生きていること全体の総称した用語

心とは物質の名前ではないですよね。

 

これは推測ですが、

 

心臓に心という漢字をつけたのは、

これが止まると

人は死んでしまうから

という意味もあったのではないかと思います。

 

心が物質ではない理由は、

取り出して見せることができないからです。

 

心とは実体はなく、

生きているという全体

を総称して呼んでいる言葉だと思います。

生きている=心がある

生きているとは

心がなければ成り立ちません。

 

心がなければただの物体です。

心も体もかならず壊れます。

 

体は病気になっても、

なんとか踏ん張って生きようとします。

 

人間は新陳代謝が行われています。

 

新陳代謝は同じ分子の合成・分解、

または摂取・排出という形で

どんどんと置き換わっています。

 

これが新陳代謝です。

 

心は物体ではないので、

新陳代謝は行われませんが、

壊れています。

 

体より壊れるのが早いです。壊れては、別のこころが現れています。

いのちのおはなし (講談社の創作絵本)

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命を支えるために必要なことは

仏教では4つ挙げています。

  1. 栄養
  2. 触(目耳鼻舌身意に色声香味触法という情報が触れることです。
  3. 意思
  4. 識(心という意味)エネルギー

 

食べ物がなくなっても

人は瞬間に死ぬことはありません。

 

しかし、心に栄養がないと、

その瞬間に心は死ぬことを意味しています。

 

もちろん心は物質ではありませんので、

死ぬという言葉が適切かどうか分かりませんが。

心に毒を与える

悩み、怒り、嫉妬は

心だけでなく、体も壊します。

 

実験データがないのでは、

分かりませんが、

 

ストレスがあるときに、

好きなものやご馳走を食べるのと、

 

幸せだと感じならがご飯を食べるのとでは、

栄養分の吸収は変わってくると思います。

 

1日平均何カロリー摂ることがいいとされていますが、

 

もしかしたら、食べ過ぎ、

または、足りないかもしれません。

 

それはその人の体調や生き方に

よって変わってくるので、

一概に言えません。

 

知識で量を決めてもうまくいかないのです。

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心に毒を与えるのをやめる

怒りや嫉妬や憎しみは

心には毒です。

 

毒キノコは食べないですよね。

それは毒と分かっているからです。

 

ですが、

怒りや嫉妬や憎しみは

毒と分かっていないから、

心に吸収してしまいます。

 

心に毒を与える人は、

幸せになれません。

心に毒が多い人は、

文句や腹を立てていることが多い人です。

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物質に依存しては幸福なれない

モノでは幸せになれないことに

気がついた方がいい。

 

幸せは外にはありません。

 

何かがないと幸せだと感じる人と

何もないけど幸せだと感じる人

 

どちらが利口だと思いますか?

幸せの定義

家があれば、土地があれば、ブランドの服があれば、

あれがあれば、これがあれば、

 

人はお金やものを手に入れると、

それを失わないようにします。

 

現実をみてください。

なんでも買うことができる人が、

みんな幸せでしょうか?

 

立派な家に住んでいる人が、

悩みがないとでも思っているのでしょうか?

すべては心が決めている

幸せかどうかは

心が決めています。

 

人は同じことやモノを見ても、

それを不快に感じたり、

イライラします。

 

その違いは心です。

 

心に毒を与えている人は、

心自体が毒に侵されています。

 

なにを見ても、

それが一瞬で毒になってしまいます。

これは、病気といっていいかもしれません。

心の栄養に必要なのは慈悲

 

怒りや悩みには慈悲の気持ちはありません。

 

感謝や喜びには慈悲の気持ちがあります。

嫌だという感情に慈悲は含まれていません。

気分がいいときは慈悲の気持ちがあります。

慈悲はこころの解毒剤

嫉妬も怒りも悩みも慈悲が一番効果的です。

慈悲とは

慈悲(じひ)とは、仏教用語で、他の生命に対して自他怨親のない平等な気持ちを持つことをいう。一般的な日本語としては、目下の相手に対する「あわれみ、憐憫」(mercy) の気持ちを表現する場合に用いられる。

慈悲と二文字並べて使用されるが、本来は慈(いつくしみ)、悲(あわれみ)と、別々の単語である。「慈悲」は(仏教用語として)一般に、「慈しみ」と「憐れみ」を区別せずに両方を含んだ意味で使われ、あまり厳密ではない。

物によって幸福になれない

と知ったのであれば、

 

一切の生命への慈しみ、やさしさをこころに入れてやることです。

ものには幸福と一緒に不安と恐怖を生みます。

人はものを手に入れることを目指します。

同時に、そこから不安や恐怖が生まれます。

 

スポーツ選手にとって体は資本です。

怪我などしたら、それで終わりです。

それは不安を通り越して、恐怖になるでしょう。

 

どんなに体力があっても、

30代や40代でやめなければならない。

 

誰もがいままでは幸福だと思っていたのに、

急に不幸になってしまいます。

健康な心とは

ものがなくても幸福だと

感じることができる心というのが、

健康な心です。

 

お金があって喜ぶことはあっても、

お金がなくても悲しむ必要はない、

 

お金は悲しむためにあるようなもになってしまうのです。

〜がほしいが勘違いのもと

「お金」がほしいのではなく、

 

お金があると「楽しい」。

その楽しいがほしいのです。

 

ものがほしいのではなく、

そのものがあると、

楽しいからです。

 

本当にほしいものは、

モノではく、

たのしいという気持ちです。

 

モノに依存していては、キリがないのです。

心に栄養を与えることは今すぐできます。

幸福になるために

努力や苦労なんてしなくていいのです。

 

一旦怒りやイライラするのをやめること、

それは心から毒を抜くことです。

 

すべての生命に対する慈悲の心を感じること。

 

たったそれだけです。

それをしない限り、人は幸せになれません。

 

あなたが存在しているのは、

他のすべてが存在しないと成り立たないからです。

 

だから、景気がよくなろうが、悪くなろうが、

一切幸福とは関係ないのです。

 

なにがあっても

幸福と感じられる人なら

感じることができます。

 

その違いは「慈悲の心」です。

 

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今日も見に来てくださってありがとうございます。このブログでは、私が感じた「なにか」を自分のことだけとは思わず、多くの人にとって大事なことだと思うことをブログにしています。このブログを読んであなたの生活に小さな変化を起こすことを願っています。