生きるエネルギーを感じろ
こんにちは パパQです。
最近感じている大事なこと
それは生きるエネルギーを感じること
日本は「生きづらい」という言葉を聞くし、
個人的にそう感じている部分もある。
だけど、ここまで豊かで、安全な国なのに
なぜ「生きづらい」のか
これは単純な話で、
先進国になればなるほど、生きるエネルギーがなくても生きていられる。
餓死することがない時代の「生きづらい」というのは、人生がうまくいかないとか、やりたいことができない、自分の思うままにならないというエゴが強烈に出ている状態である。
皮肉なことに、死が迫っているときのほうが生きるエネルギーが出る。人間は生きづらいからこそ、生きるエネルギーが出ることもある。安全になればなるほど、生きるエネルギーは少なくなる。
だから、私は
- 失敗ばかり考えて、安易な道を選択すること
- 他人を批判すること
- 心を落ち着かせること
この3つを止めることにした。
なぜなら、生きるエネルギーが増えないから
行動に勝るものはない。それも即断即決すること。
人生とは何が成功か、失敗か誰にもわからないから、はっきりいって、なんでもいい。
決めることに時間を使うよりも、決めたあとどう行動していくかにかかっている。
行動できていない人がしてしまいがちなのが他人の批判。行動している人は他人の目や行動は気にならない。
損得基準で生きようとすると、過去の自分や他人の価値観で生きることになるから。
失敗するからとか、損するから、やらないという選択をするよりも、
不安も当たり前だし、成功しないのが当たり前
それでもやってみたいという気持ち
そこにしか、生きるエネルギーが生まれないと思う。心を落ち着かせようとすると、過去の自分が安心する環境を選ぼうとする。
結局、生きるエネルギーって
恐怖や不安の中でしか生まれない。
失敗するかもしれないけど行動する
リスクを取る行動からしか
生きるエネルギーは生まれない
ある言葉を判断するときに、
その言葉で生きるエネルギーが生まれるか生まれないかを考えるようにしている。
世の中には正しいことや綺麗ごとをいう人がいるが、その言葉では生きるエネルギーが生まれないと感じる。
たとえば、
北野武さんの言葉
夢なんてかなえなくても、この世に生まれて、生きて、死んでいくだけで、人生は大成功だ
この言葉をどう考えるか
大成功なら、何もしなくていい
と考えることもできる。
似たような言葉で、
生きているだけでいいというアドバイスをする人もいる
でも、これで生きるエネルギーが生まれるだろうか
私にはこの言葉は響かない。
今の私にとって、生きるエネルギーがある言葉とは
幸せなんてクソ
自由なんてクソ
そんなものはあってもなくてもいい
不幸で結構、失敗して結構
もし、今の環境が悪いと思っても、それこそ生きるネルギーが生まれやすい環境なのだから。だから、悪い環境だと思っているなら、そこから動かないと何も始まらない。そこで、自分の不幸を呪っても、生きるエネルギーは生まれない。
ある言葉や行動によって、生きるエネルギーが出るか出ないか、それだけに絞って判断してみたらどうだろうか。
今日も見に来てくださってありがとうございました。