因縁果とは?あなたのイライラの原因は他人の言動に影響されていませんか?
こんにちは パパQです。
今回は最近知った、仏教に出てくる「因縁果」について書いています。
因縁果ってなに?
因縁果(いんねんか)と読みます。
「原因」があって「縁」に触発されて、「結果」を生むという意味です。
わかりやすく、植物で説明します。
「種」=「因」
「土・光・水など」=「縁」
「木」=「果」
木が育つには、種だけあっても育たないし、土と光と水といった、種を木に変化させる要素がないと、木はできません。
当然「縁」の土や光や水といった要素だけでは、木はできません。
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因縁果を人間関係で説明すると
ものごとは原因があって結果があらわれます。
結果を「イライラ」とします。
「イライラ」=「果」
では、「縁」とはなにか?
相手の不機嫌=「縁」です。
では
最後の「因」=「原因」です。これはいろいろあるでしょう。
ところがよくあることは、
「縁」が「因」になってしまうことです。
この「縁」の結果、つまり「相手の不機嫌」により、腹が立った
実は、原因は別のところにあるのです。
相手の発言・行動を受けて、悲しかったり、腹が立った。
自分のことをわかってもらえなかった。さらに腹が立つのです。
ここで、相手が「悲しかったんだね」「腹が立ったんだね」と癒されることがあります。
しかし、ここでも、「あなたに何がわかるの?」と反発することもあります。
ここでは、相手からされた行為に対して、悲しかった、腹がったのではありません。
もう一つ別の行動をしています。
人は「思った」ことが絶対だと思ってしまう。
なんでそんなことを思ったのと聞くと、
「あんなことをされて」嫌われていると「思った」
「忘れられて」バカにされていると「思った」
「思った」という思考が「感情」を作り出しているのです。
でも、そもそもこれは、自分が「勝手に思った」ものなのです。
相手の行動を勝手判断していることが多いのです。
普段のコミュニケーションで相手の真意を聞くことは少ないのです。
相手は何もそんなことを言ってないのに、そう思ってしまうのです。
思った癖をなおせ
この「思った」癖を解消すればいいのです。
感情だけを処理することは、同じことを繰り返すことになります。
縁を因と勘違いするのも、もう少し複雑な心理があります。
いつも自分がバカにされているという前提がある=因
相手が◯◯をした=縁
イライラした=果
「気持ちをわかってほしい」というのは、2つの意味があります。
この「結果としての前提」をわかってほしいとき
この「前提」をわかってほしいとき
また、わかってほしいけど、わかってほしくないとう矛盾も抱えているのです。
私は嫌われていない
私はバカにされていない
私は大切にされているんだ
こう思えれば人は、安心感を抱きます。
でも、「前提」が上と反対であるなら
私は嫌われている
私はバカにされている
私は大切にされていない
これが前提なると、自分が悪く思われているという証拠ばかり集めてしまうのです。
これを
私は嫌われていないのかも
バカにされていないかも
大切にしてくれているのかも
というふうに
前提を変えてしまえばいいのです。
まとめ
因縁果という考え方を知ると、多くは間違った「縁(相手の態度)」を「原因」であると思ってしまうことが多いようです。
難易度が少し、高めですが、
「肯定的なかもしれない」も大事ですが、
これと以前書いた
「ダメな自分を認めてあげる」こともしてあげるとラクになるのではないかと思います。