「何のためにいきているかわからない」について

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今月に入ってからアクセス減少していることが気になっているパパQです。原因をいろいろ探っていたのですが、皆目見当つくかないので、とりあえず記事を書いていこうと思います。

先日、はてな匿名ダイアリーを見ていると、

何のためにいきているかわからない

という記事がありました。

今回はそのことについて考えていきたいと思います。

生きる目的に気がつく人、気がつかない人

どう生きるべきかという問いはすぐに答えが出ない問いだと思います。

生きる目的に気がつかない人

  • 生きる目的など考える暇がない人
  • ただ単に流されて生きている人

生きる目的など考える暇がない人もいると思います。あまりに忙しいので、自分が生きているという実感もなく、ただただ忙しさに追われて生活している人。

または、ただ単に流されているように生きている人もいます。どんなことにも不満も疑問も浮かばない人。言われるがまま生き、言われるとおりやり、何とか生活している。仕事ができて、家族がいて、ご飯が食べれれて、病気にならなければそれでよいという、ただ食べて寝て死ぬまで生きている。それで満足するという人々です。

この考えが怖いのは、あまり鈍く、智慧がないので、その幸せは一瞬でなくなってしまうことに気がつかず、何か起きてしまったあとに、なにも対応できずに、不幸のどん底に落ちてしまうという生き方です。

生きる目的に気がつく人

逆に、どんな人が生きる目的を問うようになるのでしょうか?

  • 失敗ばかりして、それが続き失望をしている人
  • なにかに挑戦しようという気持ちがない人、精神的に弱く、負けることにも怖い人。

「何のためにこんなことをしなくちゃいけないのか」と問いを立てますが、結局本気で考えるのではなく、逃げ道の方法として、自分の弱みを隠す方法で考えているのです。

人生は目的とはなんだろ

では、具体的に考えてみましょう。

人生の目的は楽しみである

楽しければいいではないか。しかし、人それぞれ楽しみを追っていきますが、当たり前ですが、何が楽しいのかは十人十色です。

だから、やみくもに自分の欲を満たす楽しみを追い求めていくことになります。結局、地に足がつかない感覚、その都度の欲を満たすものだけを追いかけることになってしまいます。

また、楽しむためにはお金が必要になり、お金儲けをしなくちゃならないということで頭がいっぱいになってしまい、生きるための手段であるはずなのに、金を儲けることが目的になってしまいます。

結局、自分の楽しみも失うことになります。寝る暇も、家族といっしょにいることも、余裕がない、ただ大変な苦しみを味わうことになるのです。

誰もがこのようなパターンをやっているので、破壊を繰り返し、いつかもう後戻りできない時代がやってくるでしょう。多くの人が楽しみを生きる目的としまうかぎり、科学や医学の進歩はその目的に使われます。

一度止まって考えなければならないのかもしれません。本当にそれらが役に立っているのか、本当に楽になっているのでしょうか。

人間の欲はますます大きくなっています。欲を求め、されに追いかける時代です。欲はどこまでいってもなくなりません。美味しい料理を食べても、もうこれで満足とはなりません。どんなに儲けても、それを増やさなければなりません。

楽しい人生を目指したはずが、いつの間にか、楽しみは減り、心配が増え、怖いことが増えて、ビクビクしながらいきなければならない社会になっただけではないでしょうか。

では、逆に欲を一切求めず、神秘や迷信の世界で生きようとする人もいますが、そちらも苦しみの人生を終える人もいるでしょう。

結局、どちらの道を選ぼうと、楽しみを目的とした人生とはほど遠いのが人生というものです。私たちは他の道を模索しなければならないのです。

心と感情

何かを見て一番初めに起こるのは、好き嫌いという感情の動きです。その感情にそって行動します。しかし、その感情には論理が成り立ちません。論理の前に、感情が来てしまうからです。例えば、怒っている人は、なぜ自分が怒っているのか論理的判断できず、その怒りのまま行動に出てしまうのです。

みんながやっているだからやっていることや、あれが嫌いだからしたくない、あれが好きだからやりたいという生き方は感情で生きているのです。しかし、その好き嫌いに理由はありません。だから、とにかく曖昧な生き方になってしまいます。正直という言葉も曲者です。正直といわれて、とても素晴らしいことのように思ってしまいますが、それは自分の欲に従って生きることなので、とても危険なことなのです。

楽しいことや好きなことをして生きていけばいいということも書かれていたりしますが、その好きなことが泥棒や殺人であればどうでしょう。そんな理論が成り立たないことがすぐにわかるはずです。

欲によって見えなくなること

欲の特性として、欲が強ければ強いほど、他の物事が見えなくなってしまうことです。では、欲を無視して、したくないことやりたくないことをすれば、どうなるかは想像つくはずです。

では、他の道はないのでしょうか。

欲に関しては、大人も子供も関係がない

大人はお金で欲を満たしてしまうので、大人になって、欲が強い人は、欲の奴隷になった生き方をしてしまうのです。外見は大人で、中身は欲のまま生きる「子供」なのです。

欲が大変危険ものであるにもかかわらず、それを止めることができないのは、欲というものを一度も理解しようとせず、ただ欲を求めてしまうことを目的としてしまうからです。

心を守り、成長させることの大事さ

人間がもっとも成長しなければならないのは心です。心が汚ければ、いつでも失敗します。心は何によって汚されているかといえば、欲です。その欲がどこから来て、どんな欲があり、その欲が自分や周りにどんな影響を与えるかを理解する力ないのです。その欲を満足させるために、悩みや混乱やストレスで頭がいっぱいになっているのです。

その欲はどこから生まれるかといえば、感情なのです。心に悪い感情はどれで、よい感情はどれかを判断するには、欲に沿って生きている限りできません。欲がそれを見えなくしてしまうからです。

生きる目的がわからないというのは、生きるとはどういうことかわかっているつもりになっている証拠でしょう。よく考えてみると、生きるとはどういうことなのでしょうか。人間が考える範囲を超えていることは確かであり、実はすごいことであり、不思議なことです。そして、生きているうちにしか、生きる目的を考えることはできないのかもしれません。

今日も見に来てくださってありがとうございます。このブログでは、私が感じた「なにか」を自分のことだけとは思わず、多くの人にとって大事なことだと思うことをブログにしています。このブログを読んであなたの生活に小さな変化を起こすことを願っています。

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