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はてブコメントで星をたくさんもらうために、たったひとつのことをなるべくやめて書いてみた。

コラム

http://www.flickr.com/photos/35763800@N00/3456411427

photo by lisbokt

こんにちは パパQです。

はてブコメントしてますか?

だれもが一度は

自分のはてブコメントに星をもらうと嬉しいと感じたことがあると思います

星が付く理由は、いいコメントをしているからです。

別の言葉で言えば、共感してくれたかどうかです。

どこまで客観性があるかどうかにかかっています。

最近、私が残したはてブで星がついたブックマークはこれです。

おっさんになったら挨拶しなくてもいいってルールでもあるのか

見返りを求める心は怒りを生みます。自分が挨拶することで、自分のこころがスッキリするなら、他人が挨拶するしないは、それほど関係がないのです。

2016/04/08 00:10

29の星がつきました。

その程度の数ならもらったことがあると思う人もいるかもしれません。

だけど、今までと違う視点で書きました。

このコメントの書くときにたった一つあることをなるべくやめて書きました。

さてそのあることとはなんでしょうか?

感情にそって書かないこと

なぜ、これがダメなのか説明します。

どんな感情でも、それはあなたが感じたことです。

感情は主観なのです。

だから、相手との共感ポイントと離れているのです。

星が付きやすいコメントで

大喜利のような・面白いコメントを残す人もいます。

おもしろいというのは感情ですが、

だれもがおもしろいコメントを書くのは至難の技です。

自分が面白いと感じたことが、他人が面白いとはかぎりません。

それには相手の面白いというポイントがわからないとできません。

自分の感情というファクターを薄くする

だれもが主観というバイアスがあるのです、それが厚いか薄いかの違いです。

バイアスは消えません。一般的に感情を失くすことはことはできません。

自分の感情は自己中心的で、わがままです、自分の都合のいいように事実を捻じ曲げます。当然そこに欲を生み出します。

その感情を他人も持っているのです。

エゴが強い人は、他人の気持ちをわかろうとしません。

他人の共感するポイントを探そうとしたときに、エゴは邪魔します。

そして、だれもがエゴイストです。

なぜなら、だれもがわがままな人は嫌いでしょう。自己中心的な人は嫌でしょう。

それを他人に求めることがすでにエゴイストだからです。

自分が正しく、相手が間違っている

感情は一度動いたら止まらない、ジェットコースターのようなものです。

ジェットコースターは途中で降りようと思っても降りられません。

感情で例えるなら、感情は乗り物です。感情が動き出すと止めることはできません。

イライラはだれかに発散するか、それを受け取った人は発散しないといけません。

だれか一人の怒りがだれかの目に止まり、それが拡散していくのです。

中には、我慢する人もいますが、思い出せばまたイライラします。

また、嫌いな感情は、相手を攻撃したり、楽をしたいという欲を生みます。

では、逆に好きな感情なら問題ないと思いかもしれませんが、

楽しければ、もっともっととなるし、愛着が生まれると、執着が生まれます。

これも欲です。

まとめると、感情という乗り物に乗って、欲がスピードを上げています。

ジェットコースターが止まるには、スタート位置に戻った時か、スタート前です。

感情を感じたときには、すでに乗り物に乗っています。

止めるには、走り出す前に降りることです、

つまり、感情に気づけばいいのです。

乗っていることに気づくことで、降りることができるのです。

感情をコントロールするのは理性です。

なにかが正しいかそうでないかを判断するのは理性であり、智慧です。

智慧とは知識や情報とは違います。

例えるなら、

包丁は物を切るためのものという知識や情報を知っていても、それを正しく使うには智慧がいるのです。

感情は主観というバイアスがあるので、自分が感じたことが正しいと判断してしまうのです。

みんながそれぞれバイアスを持っています。

そのバイアスが厚い人はエゴが強く、他人のことをあまり考えることはできません。

感情は皆が抱えている爆弾である。

ジェットコースターと例えましたが、実は感情はとても恐ろしいものなのです。

善や悪は時代によって変わるのではなく、個人の主観と感情によって捻じ曲げらえているのです。

だれもが平和を望んでいるのに、戦争のない時代はありません。

世の中には善と悪があります。しかし、あるのは人それぞれの善と悪があるだけです。

みんな同じ善と悪があれば、争いは起きないはずです。

法律やルールがあるのは、理性で行動できない人のためのものです。それでも理性を失ったと人は犯罪を起こします。だれもが分かっているのに、やってしまうのです。

だれもが理性で物事を考えようとしますが、感情が判断を狂わすのです。

これはなにも特別なことではありません。

人間は死ぬという事実はだれでも知っています。

しかし、どれだけ頭でわかっていても、感情の波は耐えれれません。

もし大事な人が亡くなったり、病気になれば、だれもが動揺するし、悲しみにくれるはずです。

悲しみくれることにいいも悪いもありません。

しかし、感情が強すぎて、なにが正しいことなのか判断できなくなる点に大きな問題あるのです。

星をもらうコメントを書く方法

コメントを書く時に、記事が感情で書かれていないかよく読みます。

多くの記事は主観で書いてあることに気がつきにくいのです。

そして、自分も主観で読んでいることも忘れやすいのです。

感情で好き嫌いや正しいとか間違っていると書いているなら、それは主観です。

というよりも、多くは主観で書かれています。

読む側もまず主観からスタートします。これは避けれません。

主観は消えません。それは死んでくださいと同じ意味です。

そして感情も同じで、消えません。

感情にいいも悪いもありません。

感情の判断が正しくないのです。これは覚えていて損はありません。

感情で思うことや行動することで、うまくいく場合もあります。

それはたまたまそうなっただけです。

感情は欲を生みます。欲にも判断能力は備わっていません。

判断能力があるのは、理性だけです。

もし感情が正しいのであれば、だれもが平和を望んでいるし、だれもが幸せになりたいと心から思っています。

しかし、現実は違います。感情はエゴであり、そのエゴとエゴがぶつかり合うからです。

つまり、だれもが感情で考え行動しているからです。

なにが正しくて、なにが間違っているのかの判断を間違いやすくすのです。

感情豊かな人は素晴らしいという考えは、半分当たっていて、半分間違っています。

感情で行動する人は、感情での損得を考えます。感情は頭が悪いのです。

赤ちゃんでもできるのです。しかし、感情の損得はあくまで主観なので、あたりはずれが多いのです。

しかし、理性は感情から離れて、正しいことを判断できるのです。

そのためには、子供から大人に成長するように、理性も育てないといけません。

まとめ

共感されるコメント書くには、感情から離れること

感情は主観であり、ひとそれぞれ違う

相手を見るとは、それは自分の中に作り上げた相手であること

正しく相手を見るうえで、感情では正しく判断できない。

感情には正しいとか悪いとか判断する能力は備わっていません。

判断するのは理性であり、智慧です。

感情の判断から離れることにより、主観というバイアスが薄くなり、物事が明確にみえてくるのです。

理性を育てるにはコツがあります。これはだれにでもできるし、遅いということはありません。瞑想もそのひとつだと思います。

その辺はまた、次回