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今に意識を持っていけば、こころは安定する

http://www.flickr.com/photos/29468339@N02/4627497417

photo by @Doug88888

こんにちは パパQです

今日は朝から雨で、台風が近づいているらしい。

最近の新聞の一面はある事件のことが取り上げられている。新聞でもテレビでもいいニュースはあまり記憶がない。見ているのかもしれないが、自分にとっていいニュースでなければ、関係ないニュースか悪いニュースのどれかになる。

新聞やテレビでは悪いニュースを放送することが多いのは、以前に脳の仕組みが恐怖に関係することほど、人は注目しやすいからだと聞いた。

それがテレビや新聞だけでなく、ブログを見ていても、嫌な気持ちになる言葉を見ると、内容云々の前に、嫌な気持ちに心が向くようになっている。

見たくないのに、見てしまうとき、あ、またやってしまったという後悔が押し寄せてくる。

いいニュースが新聞一面になることや、ニュースで長く放送されることは滅多にない。

それだけ日々目にしている情報は偏っているのだろう。

私は朝起きたときに、自分に体調や気持ちと向き合うことにしてる。そのときは、ブログや新聞やテレビも一切見ない。言葉や音は5感が反応して、磁石のように、いろんな感情を引き寄せてくるので、まっさらな自分の状態が見えなくなる。

そして、今の自分に向き合うには、過去や未来のことも考えないようにしている。そのために坐禅や瞑想をすることはいいことかもしれない。

だけど、、坐禅も瞑想もできないほど、気持ちが揺れているときがある。

そんなときは今の気持ちを文章に書くことにしている。

そして、なるべく、今していること、たとえば、呼吸する、歩く、水を飲む、外の音を聴く、といった日常のありふれた物事に意識を向けている。

どんなに過去について悔やんでも、どんなに未来について心配しようとも、今はここにしかない。

しかし、言葉には上にも書いたように、恐怖に関係することは、脳が注目するようになっている。

つまり、過去や未来も恐怖につながるのだ。

今という時間もその過去や未来の恐怖によって、今を感じにくくしている。それはいいニュースと悪いニュースの関係に似ている。

今を掴もうとすると、時間と空間の概念が邪魔になるのだ。しかし、生きている上で、時間と空間の概念は光と影のようについてくる。裏と表の関係に似ている。

もっというと「存在」という言葉にも近く、言葉がすごいのは「意味」を持っているからだとさえ思ってしまう。

なにわともあれ、今と自分との境目をなるべく薄くしていくと、次第に心が安定。

今そんな気持ちです。

今日も一日よき日でありますように